リクタス、それは死人の笑顔。
美しくて、哀しくて、人をそこに縛るような、儚げな笑み。
それは本当に蚩っているの?
少女は死者を抱き締めた。
恐怖による笑み。
虚ろに揺らめく瞳を濡らして。
逃避行。
死人。
死亡。
希望。
リクタス。
それは、“ ”の微笑み。
***
Rictus
-The Prorogue of the Catastrophe-
***
Rictus
-The Prorogue of the Catastrophe-
それは語るには余りに滑稽で、不謹慎な物語だった。
有り触れた・・お話から始めようか。
どこにでも在るような風景。
幼馴染のようにして、二人の少年と少女は当然のように仲良くなった。
飴色の美しい髪に青みがかった紫と緑のオッドアイを持つ少女のことを、
彼らはリアと呼んだ。
三人は互いに親友であり続けた―――――そう、あの日が訪れるまでは。
その日は突然に訪れた。
リアが16歳の誕生を祝う日は。
ただ一ついつもと違ったのは、リアがなかなか起きてこなかったことだけ。
メイドが心配して部屋を開けたときには、
寝室は空になっていた。
窓だけが大きく開け放たれていて、
書きかけらしき便箋が散らばっていた。
便箋はところどころ破られていて、
それでも少しは読むことができた。
「“ ”が“ ”」
「明日は“ ”の日だから」
意味は全く不明だが。
何時間たっても、その日リアが屋敷に帰ってくることはなかった。
二人の少年はそれを酷く心配した。
少年の名は、リード、そしてカロンといった。
リードはリアの家の向かいに住む少年だった。
名門オルタヴィア家の財力を象徴するかのような家に住むリアとは対照的に、リードの家は極めて普通の、どちらかと言うと貧しい中流家庭だった。
カロンとはというと、オルタヴィア家ほど歴史のある名門ではないが財力では劣らないシャリエ家の人間だった。
所謂成金と言う物だろうか。
三人が出会ったのはリアが家出した時のことだった。
オルタヴィア家の裏の森に迷い込んだリアが偶然出会ったのがその二人だった。
ぼさぼさの髪のリードに、如何にもお坊っちゃまという感じのカロン。
二人は家の格差はあるものの仲がよかった。
リードは全く気にしていない様子であったし、カロンは家の話が大嫌いだったからだ。
道に迷ったリアをオルタヴィア家にまで連れ戻す途中に、三人は色々なことを話した。
それはリアが今まで聞いたこともないような夢に満ちた冒険のお話だった。
また会いたいと思った。
また家出してくるね、と笑うリアにリードは苦い顔をした。
…それはリアが10歳のときのことだった。
リアは家の反対を押しきって駄々をこね、リードやカロンと遊ぶようになったのだった。
家の者もついに折れて、リアの安全のため二人を家に入れるようになった。
そして16歳を迎える頃には、リードとカロンは毎日のように屋敷を訪れるようになっていた。
リアが消えたという話を聞いてからは、血眼になって辺りを探し回っていた。
しかしリアは見つからない。
諦めかけていた一週間後。
ついにリアが見つかったのだった。
死体となって。
リアだったものの両足折れ皮膚が裂け肉はぐちゃぐちゃになり乾いた赤い血液がずたすたの白いドレス一面に残っていた。
あんなに綺麗だった顔は今や生気を失って、
舌が噛みきられ両目は視神経ごと千切られていた。
どろどろになった内臓の上には真っ赤な薔薇の花が差してあり、
爪への装飾を嫌う筈のリアの手には真っ赤なマニキュアが塗られていた。
死体の周りには荊が敷かれており、
遠くから見ると荊のベッドに横たわる赤いドレスの少女のようだった。
死体にしては、余りにも綺麗で、
救いようがないほどに悪趣味だった。
「リ…ア」
リードの声はやや震えていた。
カロンも言葉を失い、死体から目を背けた。
森の中にはただ静寂だけが流れた。
永遠だった筈の楽しい日々は、脆くも崩れ去ったのだった。
有り触れた・・お話から始めようか。
どこにでも在るような風景。
幼馴染のようにして、二人の少年と少女は当然のように仲良くなった。
飴色の美しい髪に青みがかった紫と緑のオッドアイを持つ少女のことを、
彼らはリアと呼んだ。
三人は互いに親友であり続けた―――――そう、あの日が訪れるまでは。
その日は突然に訪れた。
リアが16歳の誕生を祝う日は。
ただ一ついつもと違ったのは、リアがなかなか起きてこなかったことだけ。
メイドが心配して部屋を開けたときには、
寝室は空になっていた。
窓だけが大きく開け放たれていて、
書きかけらしき便箋が散らばっていた。
便箋はところどころ破られていて、
それでも少しは読むことができた。
「“ ”が“ ”」
「明日は“ ”の日だから」
意味は全く不明だが。
何時間たっても、その日リアが屋敷に帰ってくることはなかった。
二人の少年はそれを酷く心配した。
少年の名は、リード、そしてカロンといった。
リードはリアの家の向かいに住む少年だった。
名門オルタヴィア家の財力を象徴するかのような家に住むリアとは対照的に、リードの家は極めて普通の、どちらかと言うと貧しい中流家庭だった。
カロンとはというと、オルタヴィア家ほど歴史のある名門ではないが財力では劣らないシャリエ家の人間だった。
所謂成金と言う物だろうか。
三人が出会ったのはリアが家出した時のことだった。
オルタヴィア家の裏の森に迷い込んだリアが偶然出会ったのがその二人だった。
ぼさぼさの髪のリードに、如何にもお坊っちゃまという感じのカロン。
二人は家の格差はあるものの仲がよかった。
リードは全く気にしていない様子であったし、カロンは家の話が大嫌いだったからだ。
道に迷ったリアをオルタヴィア家にまで連れ戻す途中に、三人は色々なことを話した。
それはリアが今まで聞いたこともないような夢に満ちた冒険のお話だった。
また会いたいと思った。
また家出してくるね、と笑うリアにリードは苦い顔をした。
…それはリアが10歳のときのことだった。
リアは家の反対を押しきって駄々をこね、リードやカロンと遊ぶようになったのだった。
家の者もついに折れて、リアの安全のため二人を家に入れるようになった。
そして16歳を迎える頃には、リードとカロンは毎日のように屋敷を訪れるようになっていた。
リアが消えたという話を聞いてからは、血眼になって辺りを探し回っていた。
しかしリアは見つからない。
諦めかけていた一週間後。
ついにリアが見つかったのだった。
死体となって。
リアだったものの両足折れ皮膚が裂け肉はぐちゃぐちゃになり乾いた赤い血液がずたすたの白いドレス一面に残っていた。
あんなに綺麗だった顔は今や生気を失って、
舌が噛みきられ両目は視神経ごと千切られていた。
どろどろになった内臓の上には真っ赤な薔薇の花が差してあり、
爪への装飾を嫌う筈のリアの手には真っ赤なマニキュアが塗られていた。
死体の周りには荊が敷かれており、
遠くから見ると荊のベッドに横たわる赤いドレスの少女のようだった。
死体にしては、余りにも綺麗で、
救いようがないほどに悪趣味だった。
「リ…ア」
リードの声はやや震えていた。
カロンも言葉を失い、死体から目を背けた。
森の中にはただ静寂だけが流れた。
永遠だった筈の楽しい日々は、脆くも崩れ去ったのだった。
***
リアの怪死から10年の歳月が過ぎた頃、そのアンドロイドは完成した。
人毛を使用した飴色の美しい髪に赤い瞳。
アンドロイドは、かつてリアと呼ばれた少女に瓜二つだった。
ただ一つ違ったのはその瞳の色だけ。
赤い瞳は血液を想起させる色だった。
レアという名のそれを作ったのは、かのリードだった。
ぼさぼさ髪に黒灰の眠そうな瞳は相も変わらず、背丈だけがすらりと伸びていた。
リードはカロンに経済的支援を受けながらレアの製作を進めたのだった。
カロンは絶望し自殺までしようとしたリードを止め、慰めてきたのだった。
レアはリアの代替品。
満足に生きられなかったリアを象ったものだった。
そう、リードはリアを好きだったのだ。
あの森で、一目見たときから。
リードは愛するリアの再現を目指した。
しかし所詮はアンドロイド。
レアはリアに似てはいても、感情が無かった。
リードは手を尽くした。
微量に元素を含有した赤い方解石と石榴石をベースに赤い瞳を造り上げたのだ。
そしてそれをリクタスと名付けた。
実に3年の歳月だった。
レアは、ほんの少しだけ感情を持つようになったのだ。
「おはよう、リード」
「ありがとう」
「さみしいの?」
「…わからない」
だがそれも哀楽と呼べればいい程度のものだったが。
リアの笑う顔はもう見れないのか、とリードは苦悩した。
そんな、最中だった。
レアの右眼が消えたのは。
それはリードが徹夜に疲れ深い眠りに陥っていたときの事だった。
リードが目を醒ますと、辺りにあったのは床に転がった裸のレアと、破られた設計図だけだった。
「眼が…ない」
リードは唖然とした。
設計図は、目の部分だけ破られ持ち去られていた。
「眼……?」
「お前の、レア、ここに一体誰が来たんだ?誰がこんなことしたんだ?」
「…わからない」
「え?」
「…わからないよ。あなた、だれ?」
「レア……!?」
レアは、リードの名前と感情の殆どを忘れてしまっていた。
人毛を使用した飴色の美しい髪に赤い瞳。
アンドロイドは、かつてリアと呼ばれた少女に瓜二つだった。
ただ一つ違ったのはその瞳の色だけ。
赤い瞳は血液を想起させる色だった。
レアという名のそれを作ったのは、かのリードだった。
ぼさぼさ髪に黒灰の眠そうな瞳は相も変わらず、背丈だけがすらりと伸びていた。
リードはカロンに経済的支援を受けながらレアの製作を進めたのだった。
カロンは絶望し自殺までしようとしたリードを止め、慰めてきたのだった。
レアはリアの代替品。
満足に生きられなかったリアを象ったものだった。
そう、リードはリアを好きだったのだ。
あの森で、一目見たときから。
リードは愛するリアの再現を目指した。
しかし所詮はアンドロイド。
レアはリアに似てはいても、感情が無かった。
リードは手を尽くした。
微量に元素を含有した赤い方解石と石榴石をベースに赤い瞳を造り上げたのだ。
そしてそれをリクタスと名付けた。
実に3年の歳月だった。
レアは、ほんの少しだけ感情を持つようになったのだ。
「おはよう、リード」
「ありがとう」
「さみしいの?」
「…わからない」
だがそれも哀楽と呼べればいい程度のものだったが。
リアの笑う顔はもう見れないのか、とリードは苦悩した。
そんな、最中だった。
レアの右眼が消えたのは。
それはリードが徹夜に疲れ深い眠りに陥っていたときの事だった。
リードが目を醒ますと、辺りにあったのは床に転がった裸のレアと、破られた設計図だけだった。
「眼が…ない」
リードは唖然とした。
設計図は、目の部分だけ破られ持ち去られていた。
「眼……?」
「お前の、レア、ここに一体誰が来たんだ?誰がこんなことしたんだ?」
「…わからない」
「え?」
「…わからないよ。あなた、だれ?」
「レア……!?」
レアは、リードの名前と感情の殆どを忘れてしまっていた。